夜の街を歩いていると
影がいっぱい映るんだ
本当の影はどれだろう?
僕は独りっきりなのに
太陽の様な
まっすぐな光に照らされる影は
はっきりと一つだけ
そんな風に
誰かを照らしてあげたい
あなたが誰か迷わないように
歳をとると、今迄の自分のやってきた事を振り返る事が多くなりました。
多くの人との出会いや経験、一つ一つに意味があったと納得させている自分です。
若い頃には判らなかった善悪や本音と建前、人間の素晴らしさと、醜さなどなど。
特に人間関係では病気になるくらい辛い思いもしましたが、素晴らしい人達との出会いもあり、自分と他人との間にある良くも悪くも繋がりがあってこそ、今の自分がいる事は確かです。
昔は、いい人、悪い人とハッキリ分けていた感情が、今はグラデーションの様に境目が無くなってきたのです。
自ら省(かえり)みても、ある人にとってはイヤな人間と映っていただろうし、付き合いの悪い自分勝手と思われていたかもしれません。
反面、記憶に残るような人間像として思ってくれた人もいるかもしれません。
いずれにしろ、日によって、環境によって変わっていく心の揺れがあり、確たる自分、何者なのかをハッキリとさせる事には無理がある事を学んだのです。
意地悪だったり、優しくなったりと白黒では無いグラデーションの中で行ったり来たりしている心があり、それは自分だけでなく他の人も同じように揺れ動いているのでしょう。
フィリピン人の妻は毎日のように人間関係に絡む悩みの話を私にします。
愚痴をこぼす事は心の健康から考えると良い事で、私はなるべく耳を傾けるようにしていますが、
ただ妻の性格は私と違って割り切る事が得意とみて、尾を引く事はほとんどありません。
日本人なら少なくとも考えるであろう、先の事や過去の態度は気にせず、今起きている不合理に対してモノが言えるのは、ある意味うらやましく思います。
私自身も数々の職場での人間関係の難しさを多く経験してきました。
どの職場でも気が合わない人や、意地悪、嫌味を口にする人がいました。
イヤな思いをさせる人の特徴は大体2通りあります。
「自分のイヤな部分を相手の中に見出し、不快感が増す」
例えば、ハッキリと意思表明が出来ない人がいると、自分もそのような事で嫌な思いをしたことがある為苛立ち、同じようなタイプの人を見つけると攻撃するのです。
すなわち相手を見ると、まるで情けない自分の事を見ているようで嫌になるのです。
「自分が持っていないものを相手が持っている事に対するジェラシー」
上司から親しくされていたり、同僚と楽しく過ごしていたりと自分には無い部分として、やっかみもあり何かと言って来るのです。
そして、言えない相手と言い易い相手を区別し、反抗や反撃してこない人に対しうっぷんを晴らす為に攻撃するのです。
相手を鏡として見て自分を確認しているので、自分に自信が無い人なのでしょう。
共通して言えるのは、地位が上の人や権限を持っている人に対する態度と、それ以外の人に対する接し方に大きなギャップがある事でした。
「長い物には巻かれろ」という生き方を選んでいるのかもしれません。
ただ、その長いものがいつまでもあるわけでは無い事に気付いていない場合が多く、その為に急におとなしくなった人も何人も見てきました。
以前も書きましたが、世間では人付き合いに関する情報があふれかえっています。
御多分に漏れず、私もその様な本を読み漁りましたが全く意味の無いものでした。
何故なら、皆違う人間であり、どんな助言や心構えを習っても実践として役に立たないモノばかりでした。
そうなんです。誰でも頭では解っているのです。
ただそれが出来ないとか勇気が無い等の理由をつけて、なんとか自分を保っているだけなのです。
いまだに格言やことわざ、名言が読まれ続けている事を見ると、人間はさほど進化していないという事です。
残念ながら、人はすぐに変わる事は出来ませんし、むしろ変わらない生き方を望む人の方が多いかもしれません。
まして、周りが変えようとしても本人の気付き無しにはほぼ不可能で、歳と共に難しくもなります。
一生嫌な人で終わる人生もあるでしょうし、後悔しながら終わる人もいるでしょう。
もしくは正しいと信じて、自分本位を貫く人生もあるのです。
このブログで「人生は苦である」と書いてきました。
楽を求める事から始める姿勢は間違っているとも言えます。
苦の連続であり、垣間見せる小さな明かりが「幸せ」とも書きました。
私達はグラデーションの世界で生きています。
負の方に時に善の方にと留まってはいませんし、境界線があるわけでもないのです。
一概に外国人の考え方として比べることは出来ませんが、白と黒、正義と悪、天国と地獄といったハッキリとした振り分けでは無い、日本人が育み持ってきた曖昧さもグラデーションと言えるもので、決して悪い事では無く、逆にこんな世の中だからこそ見直し、大切にしなければいけないものなのです。
イヤな想いをしている人も勿論の事、させている人もグラデーションの中で生きているのです。
泣きたい時や悔しい時、自分が情けないと嘆く時もあれば、人を傷つけ、怒り、嫉妬する事もグラデーションの心の中で行ったり来たりしています。
ですから、気を付けなければいけない事は、自分にとってイヤな人を「こんな人」と決めつけない事です。
私も経験がありますが、決めつけてしまうと自分の心が狭まってしまうのです。
例えば嫌な人から離れたり無視をしたりする事は一時避難としては有効ですが、その時のあなたはグラデーションの悪い方向に傾いているかもしれないからです。
「仲良くしろ」「もしかしたらいい人かも」「私が我慢すればいい」と思う必要はまったくありません。
あなた自身の心の動きを観察し、負の方向に行かない様にする事。
その為に泣くのもいいし、誰かに話し、愚痴を聞いてもらうのもいいでしょう。
空や海といった広い空間を見る事でもいいでしょう。
大好きな音楽や、映画を観るのも手です。
あなたが、負に巻き込まれる事が一番良くないのです。
負に書き込まれてしまうと、あなた自身を傷つけるばかりか、大切な人まで辛い思いをさせてしまうかもしれません。
負の方に傾いた状態で、さらに深追いしてしまうからです。
「心」はそれがとても得意なのです。
もし、子供さんがいるなら抱きしめたり、手を握ったり、頭を撫でる事でも心が落ち着きます。
子供は、良い方向に導く力を持っているからです。
もしお子さんがいない時は、近所の保育園や公園で遊ぶ子供達を見るのもいいかもしれません。
すなわち、「可能性」を感じさせてくれる人やモノと接する事です。
小さな世界から抜け出すのです。
心は、思っている以上に広いのですから。
今、人間関係で悩んでいる人に私の経験から言える事は、例え良しとしない方向に行ったとしても、良い方向に変えられる力を持っているという事、すなわち弱さや痛みを経験すればするほど、深みのある色のグラデーションを持っているという事の「気付き」です。
その気付きが同じように修正する力を持った人を、あなたの周りに集めてくれるからです。
磁石と同じで、自然の成せる素晴らしい摂理と言ってもいいでしょう。
だから、自分にとって好ましくない人の側に居たくなくなるのです。
すなわちイヤな思いをさせる人は、グラデーションの中という意識が薄く、悪い方向から良い方向に戻す力が弱い人で、線引きをしたがる本当に可愛そうな人なのです。
そして、自ら意味のない線引きをする人を引き寄せてしまいます。
線引き、境界線を作ると、それが人の判断の独自基準となり思うようにいかない事を他人にぶつけてしまう、要するに短絡的な考えに陥っているのです。
言い換えると、在りもしない線引きや境界線を引く事の愚かさです。
心はいつも明るくニコニコしている状態を持続する事なんてそんな簡単に出来ません。
ていうか、無理なのです。
たった一時間の中でも嫌な、情けない自分や、はたまた褒めてやりたい自分がいるのです。
もし線を引いてしまうと自分を卑下するか、もしくは天狗になるかの短絡的な思考になってしまうからです。
生きていく中で経験や学び、そこから生み出される様々な感情。
それは、人生という色の積み重ねです。
例えば、幼い頃はピンク色辺りをウロウロしているのですが、赤、すなわち危険な方向に行きそうになると、周りの親や大人がピンクの方に引き寄せてくれます。
けれども、大人になるにつれ、安全な、良い方向に引っ張ってくれる人は減っていきます。
それでも色の積み重ねは続いていきますが、優しさや、人を思う気持ち、痛みが解る人間であればあるほど、暖かい色が重なっていくのです。
反対に、自分を顧みず人の気持ちを考えられない人は、沢山の色を欲しがり、やがて闇の色になってしまうのです。
絵具を全部混ぜると、ダークになる事と同じです。
そして、自ら作り出した白と黒、良し悪しといった、ありもしない線引きに苦しむ事になるのです。
誰でも人間関係で悩み、眠れなかったり辛い思いをしたりするものです。
自分の弱さもイヤなところも全てグラデーションのあなたです。
心はグラデーションであり、自分を「こうだ!」と決めつけない事です。
行ったり来たりするものですから。
暖かい色のグラデーションを重ね、まるで虹の様にする事だって出来るのです。
何故なら、いつも出発点にあなたは立っているからです。
あなたは常に新しいのです。
過去の嫌な思いをした事や悩んだ事も、振り返ってみると「大した事でも無かったなぁ」と思うようになります。
時間はかかるかもしれませんが、ただし、その時その時の選択は大切にして下さい。
揺れ動く心でも優しい人でありたいならば、ずっと優しい人でいて下さい。
優しさの方向に近づくように、常に心を見張っている事です。
「良い方向」「悪い方向」「負」「正」その意味を決めるのはあなたです。
「これだ!」と断言できるものは無いのです。
もし迷うなら一歩下がる、すなわち「謙虚になる」という事でしょう。
頭(こうべ)を垂れないと見られない世界、見上げる世界は子供の視線と重なり、きっと大きく広いものです。
その時に同じように、見上げている人が必ずいます。
あなたの「気付き」は、新しい出会いを呼び込む事でしょう。
そして、知らずに誰かの支えになる存在となります。
それは偶然では無く、あなたが引き寄せた必然だからです。
今日もどこかで誰かが過去を振り返っています。
あなたが、その誰かの過去の素敵な一部として残りますように。
余談になりますが、
人類が誕生して以来、中性化が徐々に進んでいる事をご存じでしょうか?
最近では、精子の奇形や現象、異性に興味が持てないといった人、いわゆる草食系が、クリニックを訪れる様なニュースも流れていましたが、攻撃的な性格(性差を決めたり、筋肉を大きくするといった作用もあります)をつかさどる男性ホルモンであるテストステロンの量が少なくなり続けているのです。
すなわち、集団生活する上で、攻撃的な性格人は必然的に孤立してしまいます。
結果、そのような人の子孫が減り、より同調性が高い脳を持つ人の遺伝子が残っていったという訳です。
反対にテストステロンの量が増えている女性が、多くなっているとも言われています。
なかには、このままだと人口が減るとさえ言う学者もいるのです。
自然は私達人間に、何を求め、何をさせようとしているのでしょうか?
平和を望んでいるのか?
人類を排除したいのか?
結果を見る事は私の歳では無理ですが、いずれにせよ、いつか地球は無くなってしまいます。
自らか?
自然にか?
宇宙(そら)というはるか遠い過去を見上げながら、私の探求の日々は、まだ終わりそうにありません。
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