心の道標

様々な自分の疑問に、自分で答えを見つける旅

劣等感やコンプレックスなんて、どうでもいい!

 

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「劣等感は悪いものだ」と植え付けられていませんか?

 

「あなたは、誰?」と聞かれたら、「学生」「会社員」「商売人」「〇〇の夫です」と答えるかもしれません。

では、その肩書を取り除いて「あなたは、誰?」と聞かれたら、残っているのは「子供がいます」「独り身です」「どこにでもいる中年のおやじかな?」……

でも、それでは答えにはなっていません。

 

誰かから見た「あなた」でも、何かをしている「あなた」でもなく、

ここにいる「あなた」という存在の事で、「あなた」は「あなた」です。

誰も「あなた」にはなれないし、「あなた」の代わりは出来ないのです。

 

生きていく中で、「あなたは誰?」と自分に問いかける事は、ほとんどないでしょう。

集団で営む人間の在り方の中、「あなた」は、何かに属した価値を持ちたくなり、

意味を持たせ、誰かの作った世界観に合わせようとします。

意識が向けられている限り…です。

 

そこにはあなた以外の人がいるから、対象物があるからです。

当然です。

劣等感や、コンプレックスもその中から生まれます。

持っていて当たり前で、むしろ持っているのが普通の事です。

特に、若い時は周りの人達と比べ、自分にはない、備わってはいない性格や容姿にどうしても目がいきがちになります。

持っていなさそうに見えている人でも、誰もが、程度は違っていても、劣等感やコンプレックスはあるのです。

 

そして

一部の人達から、たちの悪い「優越感」が生まれ、常に満足感を得ようと、相手に劣等感を植え付けようとする負の連鎖が始まり、繰り返されているのです。

「劣等感」は、「優越感」と同居したがるのです。弱い犬が吠えるのと同じ事です。

差別や民族主義など歴史を見れば、誰にでも解る事です。

 

ネットでは、克服法やそれをバネに変える方法などが溢れています。

あなたが見たり聞いたりした方法で、克服し前向きになれるなら良いでしょう。

しかしそれが出来ないからこそ、これだけ多くの解決法が出回っているのです。

出来る人は、言われなくても克服しているだろうし、簡単に出来れば、それはたいした事では無かっただけです。

頭では解っていても出来ないから、悩んでいるのです。

 

劣等感やコンプレックスが一瞬でも気にならなくなった時の事を考えてみて下さい。

それは環境が変わった事が大きな要因の一つだったことを。

深く大きな心を持つ素敵な人達との出会い。

自分の存在など気にもしてくれない素晴らしい景色。

 

あなたは、「もうそんな悩み、どうでもいいや」

というよりも、考えてもいなかったはずの時間です。

それが、その場限りであろうとも、そんな経験や積み重ねが、

あなたを解き放つのです。

 

けれども、

あなたは取り巻く元の環境の中に、再びうずもれていくのです。

つらい現実です。

 

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考えてみて下さい。

今のあなたがいる環境が、いつまでも続く保証が無いという事を。

あなたを取り巻く今の環境。

 

近年も大災害が起き、避難生活をする事になった人も大勢います。

パンデミック(感染症が短期間に世界的に発生すること)による、失業や収入の減少。

授業や職場での対面の減少と、いつ何が起きるか誰にも解りません。

劣等感やコンプレックスで悩んでいる場合ではない状況に、いつなるかは誰にも解らないのです。

まして平穏な世界が保証されているわけなど、世界中のどこにもありません。

 

劣等感やコンプレックスなんて、どうでもいいのです。

劣等感やコンプレックスには、罪はありません。

あなたに必要なのは、「想像力」です。

誰かから答えを聞く必要もないし、

お金もかかりません。

思い描くことが出来る頭さえあればいいのですから。

 

想像してみて下さい。

小さな世界観の中で、井戸の中の蛙のように、もがいて閉じている事を。

あなたが、あなた自身で答えの出ない押し問答をしている事を。

あなたを苦しめる、あなたが生み出している感情が潜んでいる事を。

大切な時間を、見逃している事を。

 

 

想像してみて下さい。

毎日あなたの事など、気にもしない朝日の事を。

あなたの都合など考えずに降る雨を。

とんでもない災害が起きるかもしれない事を。

明日もちゃんと、家に戻れる事を。

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想像してみて下さい。

あなたを大切に思ってくれている人の存在を。

過ぎ行く時間が、あなたを変えている事を。

二度と過去には戻れない事を。

劣等感やコンプレックスが、偉大な人達を生み出した事を。

 

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想像力は、「創造力」になります。

あなたが、新たな「あなた」を創造してくれるのです

だから、

あなたには、あなたの事を一番わかる「あなた」が必要で、

あなたが、いるだけでいいのです。

 

劣等感やコンプレックスなんて、どうでもいいのです。

そしてあなたは、こう話すのです。

「あなたは、誰?」

「だから、それがどうしたの?」と。

 

もし、あなたが劣等感やコンプレックスを気にしなくなった時、

気を付けて心を見張っていて下さい。

「優越感」が顔をのぞかせないように。

もし、

「優越感」が表に出てきたら、元のあなたに戻ってしまう事を。

たくさんのものを失う事を。


ワン チャンス [Blu-ray]

ポール・ポッツPaul Potts)イギリスのオペラ歌手の、2013年のイギリス伝記映画

『ワン チャンス(One Chance)』は、容姿に自信の無かった、

オペラ歌手を目指す青年のサクセスストーリーです。

ちょっとお涙頂戴的ではありますが、勇気が出る、楽しめる映画ですよ。

 

 

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心は何処にあるの?(1)

「心は何処にあるの?」

とても簡単なようで、奥深い質問。

 

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なぜか心は、平穏を避けてしまうようだ。

何かしら不安な要因を探し出してくる。

今、幸せと感じても「いつまで?」と。

さり気ない毎日が「もっといい生き方があるはず?」と。

いつの間にか疑う癖がついてしまう。

でも、それは

 

心はただ見つめているだけ。

知識は頭に蓄えられるが、心は感じているだけ。

心無い行為とは、まさに頭だけで動いている事。

ピアニストは、頭で弾いてはいない。

読んでうなずくのは頭であり、心は知ったかぶりをしない。

頭で観る鏡は、心を騙そうとしている。

鏡のあなたは、太ったか、シワが増えたかの確認に過ぎない。

鏡のあなたは、あなたじゃないと言いたいのだ。

 

あなたは、あなたで、それ以上でもそれ以下でも無い。

 

あなたがスイーツのお店に行ったとしよう。

まず写真を撮るだろう。

そして口に運ぶ。

そこまでは頭だ。

味わい、これは心だ。

「どう?美味しい?」と聞かれる。

あなたの口から出た感想は、頭からだ。

言葉にした途端に食リポとなり、本当の味わいが消えていく。

 

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自然の中でのキャンプで食べるカレーに食リポはいらない。

心で味わっているから。

廻りの穏やかな景色がスパイスにとなり、ワインとなる。

頭で食べていないからだ。

だから最高のご馳走になる。

 

だから、

食リポは意味が無い。

あてにならない。

頭は食リポで満たされ、騙され、その頭で食べに行ったまま心を素通りする。

 

あなたが毎日見る妻や夫、パートナーに子供や友人は、代り映えのしない姿でいるのは、頭で見ている時だ。

時として同じ止まったままの人などいない。

今日も一緒にいてくれていると思った時は、心で見た時。

愛おしい人だと、見た時は心で見ている。

 

そもそも、心とは何でしょうか?

例えば犬や猫に心はあるのでしょうか?幼少の頃、TVで見たドラマ「名犬ラッシー」や「わんぱくフリッパー」の中に登場する動物達に、心があると思っていましたし、

動物を飼われている人なら、「ある」と信じていらっしゃるでしょう。

今の段階では、はっきりとした答えは調べる限り、出ていません。

心の定義そのものが明確になっていないので、色々な立場からでの見解が違うからです。

飼っているペットが喜怒哀楽の表情やしぐさを、見ている飼い主が人間に当てはめ、まるで人間のようだという錯覚と、そうあって欲しいという願望から心の存在を見出しているかもしれません。

 

心という定義は、自分の存在を認識しているかどうか?

すなわち、パスカルの言葉「人間は考える葦(あし)」私的解釈になりますが、広大な宇宙の中にちっぽけな葦のように弱い存在であるが、考える事が出来る大きな存在であり、宇宙は考えないが、ちっぽけでも人の心は深く広大であり、自ら自分の存在を意識し、その意味を見出し、だからこそ死を恐れるという意味だと思います。

 

その上で、

 

「感覚」なのです。

時に指先に、時に唇や髪。

時につま先や身体全体の皮膚。

心は、あなたの入り口。

遮るモノは始めから何も無い。

見るモノ、聞くモノ、触るモノ全て、素直に頭へと送り出す。

 

余計な事をせず、頭という出口から出てきたモノは、純粋で素朴な言葉や行動となる。

でも頭は、厄介な事が大好き。

色を塗りたくり、もはや原型を留めないほど壊していく。

頭の出口から出たモノは、時に暴力と同じような後味の悪いモノを吐き出す。

心という「感覚」を研ぎ澄まし、脚色無しに頭の出口に送り出す事はとても難しい。

 

心が洗われるとは、鈍った感覚が元に戻る事を意味する。

心で受け止める。それは全身で感じる事。

心を閉じる。感覚を使えない状態の事。

心穏やかであれば、静寂の中にいたならば、感覚は研ぎすまされ、見えなかった、聞こえなかったモノが入ってくる。ぬくもりが流れ出す。

だから、あなたはそっと誰かの肩に手をまわし、抱きしめ包み込む。

愛し合う二人は、心から入り、心から出て行く。

言葉などいらない。

頭の中は穏やかで、静寂に満たされているから。

ぎすぎすしていると心は鈍り、濁っていく。

海を見つめ、空を眺め、風を受ける時、心は解き放たれ自由に駆け巡り解放される。

心は何処にある?

それは言霊(ことだま)の居場所であり

入り口に過ぎない

 

心が狭いとは感覚が鈍くなった事

心が折れるとは感覚を閉ざした時

心が洗われるとは感覚を新たにする事

心が……を感覚と読み替えてみるといい

心の場所がわかるはず

 

Feelings.

Sensation.

Sense.

Impression.

 

感覚という英語も

心そのもの

 

余談ですが、

私は絵心も無く、鑑賞してもその良さが全く解りませんでした。

あの人の絵を見るまでは。

パウル・クレー(Paul Klee)」 1879年12月18日 - 1940年6月29日)ピカソとも会っているスイスの抽象絵画画家で、短命で難病に苦しみながらも数多くの作品を残している。私自身、抽象画なんて訳が分からないし、正直多少バカにしていましたが、彼の作品を何処かで観て、心に一瞬にして染み入ってきたのです。

彼の「黄金の魚」(1925年)という作品がキッカケで、彼の作品に魅了されました。


クレーの絵本

 

ヨーヨー・マ(馬 友友、Yo-Yo Ma」中国系アメリカ人でチェリスト

彼の存在は、日本のCMで知りました。

アルバム『エンニオ・モリコーネ, ヨーヨー・マ & ローマ・シンフォニエッタYo-Yo Ma Plays Ennio Morricone)』に収録されている曲「The Lady Caliph: Dinner」が私の特に好きな曲で、彼の奏でるチェロの音の奥行に今も魅せられています。


ヨーヨー・マ・プレイズ・モリコーネ

 

心という感覚を磨き、人とは違った受け止め方をしている芸術家たち。

溢れ出る想いを、言葉に出来ない想いを芸術という形にして表しているのでしょう。

音楽や絵画、パフォーマンスや造形など世界には素晴らしい作品があり私達に語りかけています。

それらに触れる事で、心がより豊かになると私は信じています。

 

機会がありましたら触れてみて下さい。

 

追記

以前文化放送の(午後の三枚おろし)という番組で、アーサー・ビナードさんが「はらぺこあおむし」で有名な絵本作家「エリック・カール」が、「パウル・クレー」の絵が好きだった事をお話しされていました。

 

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外国人の苦悩

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私が小学生の頃、1970年大阪府吹田市で開催された万国博覧会大阪万博が開かれた。アジアの日本で最初の国際博覧会で、リニアモーターカーや人間洗濯機。

月の石といった見た事もないものが目白押しで、各国のパビリオンのデザインも斬新で、ワクワクして見に行きました。

 

ただ私が一番驚いたのは、目の色が青や緑、髪の色も違う外国の方々。

何せ外国人を実際に見たのが初めてだったからで、会う人、会う人にサインをしてもらった記憶があります。

勿論一般の外国の人達ですが、今から思うと、滑稽な事ですが、当時外国人の認識は、西洋人を指していたように思います。

 

住んでいた土地柄もあったかもしれませんが、部落差別がまだ残っており、それと同列で朝鮮半島からの人達や中国の人達を、親が差別用語で呼んでいました。

彼らは当時、外国人とは言わなかったのです。

私は、幼いながらもその見下す言い方や、考え方に違和感を持っていました。

「おかしい?!」と。

 

高校生になる頃に、特に朝鮮から来た人たち(強制的にもあります)の子孫が、本名を名乗ろうという気運が高まりつつある時期で、高校生の友人も途中で名前を変える人も、何人かいたのを記憶しています。

 

そして今は、何処でも外国からの人を、在日の方も含め、日常的に見る光景です。

私の周りにも、中国、韓国、パキスタンクルドの方、アフリカ諸国、ロシア、ペルー、ベトナムラオス、フィリピン、タイ、マレーシアと国籍も実に豊かで、当たり前の光景です。

私も何人かの外国の友達がいますが、仕事関係やプライベートも含め、今まで出会った外国の人達は、日本人には、表に出しにくい自己という認識を意識し、主張出来る人達ばかりで、私は本当に、うらやましく思っていました。

 

30代にペルー人と友達になり、手作りのサンポーニャという笛をプレゼントされ、今でも大切にしています。

彼は母国に帰り、また来日した時に「高山病にかかったよ~」と、笑っていました。

ペルーは標高の高い国で、長らく帰っていなかった為らしいのですが!

 

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ある工場では、タイからの人達と交流し、初めてタイの即席ラーメンを食べ、徴兵の事や母国での暮らしぶりを語ってくれ、帰国後も手紙をくれました。


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運輸関連の仕事では、韓国の青年と仕事をし、その真面目な仕事への取り組みの姿勢には見習わねば!と気を引き締め、

ゴミ処理工場で出会ったガーナやクルド、中国の人達の良い意味でのしたたかさや、前向きに考え生きている姿を沢山見て聞き、己の小ささを実感させてくれました。

 

勿論良い事ばかりでない事もあります。

サボる人も、喧嘩っ早い人がいたのも事実です。

 

そして問題を抱えている人達も。

 

技術者としてビザで来日し全く違う職種の町工場で働いていた彼。

彼のアパート探しを手伝い、話しを聞くと、200万円ちかくの借金をし、来日は、家族を養うお金の為だったと。

結局捕まって強制送還。

違法とは解っていても、あの希望に溢れて家族の写真を見せてくれた彼の事を思うと、今でも涙がでます。

 

長年、不法滞在の彼女は、同じく不法滞在の彼と暮らしていました。

勿論母国の家族への仕送りの為です。

しかし、彼女が癌が見つかったのです。乳ガンでした。

母国に帰っていた、永住ビザの友人を語り、治療していましたが、その友人が日本に戻る事になり、彼女は、自主的に出頭し強制送還となり、治療できず、祈祷師頼みの末、帰国後2ヶ月で亡くなりました。

彼も悲観の末、出頭し強制送還に。

笑いの絶えなかった、優しい彼らとは、もう二度と会えません。

 

ある工場で働いていた実習生の名目で来日した彼女は、やはり多額の借金を抱えての来日。

毎日の長時間労働と残業代を貰えない悲観から、行方をくらませ、今どうしているか解っていません。

 

難民申請しても、認めて貰えない彼は、現場で働いています。

彼の運転するトラックには、幼い子供が乗っていて、聞くと学校に行く事が出来ないらしく、どんな事情かは、私にも口を閉ざしたままでした。

確かなのは、同じような境遇の仲間が、沢山いる事と学校も行かず、日本語もろくに話せない子供がグレてしまい、悪さをしているという事は、以前から知っていましたが。

 

書いた事は、実際に私が過去に体験した出来事です。

 

人手不足の名のもとに、大量に外国から人を入れている日本。

多額の借金を抱えての彼ら彼女らへの一部の経営者からの、長時間、低賃金での搾取。

支え、保護しているのは、

優しい一部の日本人と母国を共にする仲間達や苦難を味わってきた他の外国人の人々。日本政府では、ありません。

最近もニュースで入国管理局内でのスリランカ人の病死が報道されましたが、真相や責任は、曖昧なまま。

 

未だ先進国で最低の難民受け入れ国、日本。

また、難民認定の受け入れに、ハードルを高くする入管法改正法改正に動こうとしていた日本。

 

桜を見て、犬とくつろぎ、マスクは配り、貯金するから、お金は配らないと、似合わない帽子をかぶり、忖度し天下りにと忙しい、高学歴な人達。

責任は誰も取らない。

そして

日本は、日本人は、優れた民族だと、世界から称賛されていると垂れ流す、ネット。

 

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私の妻はフィリピン人です。

妻の家族。

すなわち私の義理の息子を含め、日本人の私の家族を呼ぶ為のハードルの高さを知っていますか?

 

多くの書類、日本でもフィリピン側でも、時間とお金がかかる事。

 

日本大使館が、指定した現地のエージェンシーにお金を払い、頼まないと、申請すら出来ない事。

 

家族ですよ!

ただ会いたいだけなのに。

 

知っていましたか?

滞在中の義理の母が、調子がすぐれず、延長申請すると、

「今回は認めるが、次回はもうない」と、おっしゃるこの事実。

これが、現状です。

 

貧困国、発展途上国からのビザの発行による、日本への渡航は、逃亡や犯罪のリスクがある為でしょう。

確かに、国内での外国人による犯罪のニュースを時々見ます。

 

現在、日本人がビザ無しで渡航出来る国は、コロナ(COVID19)前ですが、191カ国に及びます。

最強のパスポートなのです。

お金を持っていて、逃亡の恐れもなく、犯罪を起こすでもないからでしょう。

でもそれは、

世界中にいる心優し日本人がいたからです。

いや、いるからです。

政府だけの力では到底出来なかった貢献をしている人達のお陰なのです。

それが無ければ、もしかしたら危険を冒し不法滞在する立場になっていたかもしれないのです。

追い詰められれば、リスク覚悟で何かしらやってしまう可能性が誰にでもあるという事です。

 

法律は、守らなくてはいけないのは、当然です。

不法滞在も、偽装によるビザ所得も犯罪であり、正当化するものでは、ありません。

が、受け入れ側の金儲けや、付随するエージェンシーの意味など、外国人を食い物にしている存在を解決しない限り、安易に受け入れをしては、ダメなのです。

外国人も人間なのです。

魔が差すような事をさせている事に、目を向けなければ、不幸な人を日本人も含め、生み出していく事になります。

もう一度、外国人という、身近にいる人達が、人間なのだと。

私達と同じ、家族がいて傷みや悲しみを持つ人間なのだという事を、考えて欲しいのです。

 

そして受け入れた限り、最後まで責任を取る覚悟がこの国に出来て初めて、

受け入れてあげてください。

分け隔てなく、人を人として扱う事。

優しさを添えて。

おもてなしの心で。

 

でないと周り回って必ず自分に帰ってくるのです。

 

もし、あなたが外国で拘束されたら?

もし、日本にかえれば、命に危険が及ぶとしたら?

もし、あなたなら、どうしますか?

 

追記

出入国在留管理庁 (略称: 入管庁 )は、 Immigration Services Agencyと訳されています。

日本国内向けには、管理となり、外国から見るとサービスと映る。何かおかしい気がします。

今回の入管法改正の裏には、

偽装難民問題などの対策の側面もあったようですが、難民認定基準が狭すぎることや、基準が不明瞭な点(私もフィリピン在日本大使館に対し、妻の家族がエージェンシーを通じ申請をするも、却下され、その理由が明らかにされない事に不満を持っています)の、改善がない事が、そもそも問題であると思います。

ルールを守るのは当たり前の事ですが、そのルールを順守させる側に責任の所在を明らかにし、情報の公開を求めれば、公にするという視点が、今回の入管法騒動の裏にあるという事を忘れてはいけないのです。

 

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脳の満足感

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私の幼い時の記憶ですが、当時の家の水道は、井戸から電気式ポンプで吸い上げる方式で、たまにポン、ポンと音がするのです。

それは蛇口から出るナメクジの音でした。

でも気にしていませんでしたし、

当たり前のように、その水を使っていました。

 

家のトイレは、いわゆるドボン方式といわれる汲み取り式で、虫がわかないように、白い薬を撒き、ハエや匂いを防ぐ為の別個の蓋が置いてあり、用が済んでも手も洗わずに平気で食べたり、触ったりしていました。

 

例えば靴下が破れれば、繕い、捨てて新しい物を履くという発想はありませんでしたし、汚れようが、黄ばもうが、それすら頭にありません。

食べ物も、匂いで食べられるか判断していましたし、ご飯も少し変な匂いがすると、母親が熱い湯をかけて洗い、食べていました。

もちろん落ちたものも、今の3秒ルールどころではなく、平気で口に入れていました。床に落ちていた茶色の細長い物を、何かのお菓子と勘違いして、口に入れると石鹼なんて事もありました。

 

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当時、田んぼに、人糞を発酵させて、肥料にする為の二畳ぐらいの肥溜め(下肥しもごえ)の穴があって、表面が堅く黒くなっていた為、見分けがつかずに落ちてしまい、全身糞尿だらけになり、鼻がもげるぐらいの悪臭に、しばらく周りの人も近づきませんでした。

 

今から考えると笑い話ですが、信じられないくらい不潔な環境のなかで、皆が生きていました。

 

良し悪しは別として、今よりも感覚頼り…の生活だったように思います。

 

そして現在。

洗剤のCMは、白くする事にこだわり、強調したものが多いのですが、このままいくと、シャツは洗うほど透明になる…?かも。

 

「洗濯後の衣服にいい香りが、いつまでも残りますよ」

「消臭の効果が持続します」

と、これもまたCMで沢山流されています。

多分将来、無臭の世界になるか、永遠のお花畑状態…?になるかもしれませんね。

 

例えばその匂い。

昔、匂袋というほのかに匂う、素敵なツールがありました。(今もあります。京都ではお土産の定番ですね)

それは、自己満足では無く、周りに対しての配慮、気配り、そして楽しみとしてのものだったのです。

衣類や本に挟んだりする事もあります。

 

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子供の頃、雨が降る前の匂いを、今でも覚えています。

何とも言えない土の匂いです。

 

今でも石鹸の香りが一番好きですし、トイレで匂うキンモクセイの香りより、秋にほのかに匂う方が好きですし、衣類から漂うよりも、花に顔を近づけて、楽しむ方が好きです。

閉めきった部屋を、スプレーで匂わすより、窓を開けて風の流れを感じる方が好きです。

 

季節や、時間、天気等からの、ほのかに香る匂いも、その場かぎりだからこそ、楽しめ、その匂いと共に記憶が刻まれるのです。

 

脳は、刺激に慣れてしまい、より強い刺激を求めます。

どんなにいい香りでも、ずっと匂っていたら、いい香りでは、無くなってしまいます。

 

注意しなくてはいけない事はバランスです。

必要以上なものを追い続けると、その影響を受けるものが必ず出てくるのです。

上辺だけにこだわると大切なものを失います。

 

科学が発達し、便利に快適に過ごせるよう人々は知恵を絞ってきました。

しかし程々(ほどほど)にしておかないと、そして注意しておかないと、逆に自分たちの首を絞める事になりかねません。

 

ぎすぎすして、余裕がない毎日の中で、

本当に必要なのは、作られた偽物の香りや、音や、景色ではなく、

自らが行動して得た感覚です。

それでなくても、だらだらと間接的な情報が垂れ流されています。

 

忘れてはならないのは、楽しめ、楽しませる心の余裕です。

刺激を求めている脳に満足を与え続ける事とは違うという事に、気が付かなければ、キリがありません。

 

見逃さないで下さい。廻りのほんの少しの変化を。

もう少し音を下げ、目を閉じ、顔に風を感じる事を。

 

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心の病⦅やまい⦆(1)

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自分で、自分の心をコントロールする当たり前の権利を病に奪われる。

 

深い穴に落ち、閉じてしまいそうになる時、

「助けて!」と叫ぶ事も

「大丈夫!」という声も聞こえなくなるのです。

とても怖く、恐ろしい闇。

時には死よりも恐ろしい闇となります。

 

私が出会った多くの人達は、

「気の持ち方次第だよ」

「考えすぎだからダメなんだよ」

「根性で、そんなものは治るよ」と。

 

目の前に血を流して倒れている人には、決して言わない言葉の数々。

どんな過程で、そうなったと聞くよりも、まず救急車を呼ぶはずなのに。

 

この病に苦しんでいる人達が、今も大勢います。

傷が、外からは見えないだけで、しかも厄介なのは、その傷を縫い、包帯を巻けないのです。

 

自分は、ここにいると、言い聞かせながら生きている人達。

 

「〇〇〇ハラスメント」(harassment弱い立場の相手に嫌がらせをする行為)という言葉が出る前から、傷けられてきた人達。いくら「やめて」と叫んでも、かき消すように上辺だけ、なぞって伝えるマスメディア。

 

なぜ、人は悪魔のように振舞えられるのか?

自分が弱い人間だから?
優位に立ちたいから?

見せしめ?

誰かの代わり?

 

多様性が無い世の中は終わりなのです。

色々な考え方や容姿がある事を、幸せに思わなければ、気付かなければ未来はありえません。

 

あなたの目に映る花や木は、一種類だけですか?

あなたの目の前の人は?

 

 

「鬼の子」

 

悲しい遊びが始まった。 

空きカンけりの鬼の子は、 

いつまでたっても鬼の子で、 

誰かが空きカンまた蹴って、 

空きカン カラカラ笑い声。 

数をかぞえて目を開けた。 

辺りはすっかり日が暮れて、 

暗い広場に残された。

 

鬼の子 初めてカン蹴って、 

鬼の子  涙が光ったよ。

 

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なぜ心があるのか?

それは心という目で見る為にです。

人任せではなく、人聞きでもなく、作られたドラマを見るのでも、上辺だけを見るのでもなく、自分の心の目で、見るのです。

 

その目は、あなたの心が豊かであればあるほど、視野が広く、深く見る事が出来るのです。

あなたの心が曇っていては、騒いでいては、ちゃんと見る事が出来ないのです。

 

色々な、様々な人達に、穏やかな朝が来ますように。

 

追記


イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(字幕版)

映画『イミテーション・ゲーム / エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』2014年製作の、映画なので脚色はありますが、実話に基づいたアメリカ映画です。

第二次世界大戦中のドイツ軍暗号器エニグマを解読した天才数学者アラン・チューリングの物語で、同性愛や人と違う、いわゆる普通ではない人々の苦悩も織り込まれていて、

個性、思考の多様性がいかに大切かを、改めて教えてくれる素晴らしい作品です。

主役は、映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』で、カーン・ノニエン・シンを演じた、「ベネディクト・カンバーバッチ」で、同じ俳優か?と思わせるぐらいの演技に、私はグイグイ引き込まれました。

監督は、「モルテン・ティルドゥム」。


スター・トレック イントゥ・ダークネス [Blu-ray]

 

歴史を習う中で、いかに自分が上辺しか習ってこなかったのか!と、いつも本や映画を通じて思います。と同時に、歴史の大切さも改めて感じます。

機会があれば、観て下さい。

 

 

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不公平という壁(1)

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世の中、色々な機会に「不公平だなぁ」と思う時があります。

一見、不平等と勘違いしてしまいそうですが、不平等は、ランナーで例えるなら、それぞれのランナーに割り当てられたスタートラインが、初めから動かせないようになっていて、しかも揃っていない状態です。

 

ウサギとカメの話がありますが、

この話、スタートラインは平等で、ゴールがある前提での物語で、たどり着く過程での行動や考え方を教えているだけです。

 

しかし現実に当てはめてみると、まず、ゴールが決められていません。

その目標とするゴールは、寿命なのか、夢を叶えた事なのか等で、皆違います。

手をつなぎ、皆でゴールする事は出来ないのです。

 

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スタートラインから見えるコースは、ほんの目先だけです。

障害物競争のように、色々な壁が立ちはだかり、さらに、ふいにその壁が現れる難関なのです。

壁が高いほど、上った時に見える景色は見通しが良くなるでしょう。

 

問題は、その登る壁がどんな壁かという事です。

自分で生み出しているかもしれない?のです。

 

例えば、隣のランナーの履いている靴が某有名メーカーだとか、コーチがすごいとか、そんな不公平感という壁。

実はもろくて、たいした壁ではないかも知れません。

要は、誰かと比較する事で、不公平という壁が現れてくるのです。

 

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ランナーには、勿論進む上で、乗り越えなくてはならない、それぞれの壁がありますが、それ以外にも自分で作ってしまう壁もあるという事です。

そして

ランナーは、走れば走るほど、荷物が増えていきます。

人としての責任や生きていく上での義務など。

しかし、

持たなくてもいいモノまで持つと、壁を乗り越えるのも大変になります。

 

若い時は、力があり身軽で、高い壁であっても乗り越えられるでしょう。

でも歳を重ねるごとに荷物は増えるのです。

 

失うものが無い人が、強いのも、所有欲や執着に惑わず、固執しない人が強いのも、持っている荷が少ないからです。

 

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しかし

荷物の中には、時に水となり、休息のイスとなり、再び走り出す応援になるモノも入っています。

そして執着や見栄、権力や恥という荷物は、石を入れて走っているのと一緒です。

 

どうしても越えられない壁が死です。

でもゴールではありません。

 

あなたが大切にしてきた人達、仲間がバトンを引き継いでくれるのです。

血の繋がりではありません。

途中で歩みを止めた時もあったかもしれません。

後ろに下がったかもしれません。

でも少しずつでも、歩きながらでも前へ進んだあなたの走りを、

時に後ろから、時に並走しながら見ていた人達です。

 

あなたの、そのバトンは、あなたの夢かもしれませんし、生き方かもしれません。

そのバトンを持った、彼らの心の中で一緒に走り続けるのです。

 

この世の中、不平等は、本人ではどうしようもない事です。

生まれた時から既に、始まっているからです。

でも、乗り越える人達が、沢山います。

 

そして本来、公平であるべきこの世の中ですが、不公平な事が沢山あるのが現実です。

その事で、辛い思いをしている人も多いのですが、誰かと比べる事から始まる事が多いのも事実です。

気の持ち方を変える事で、前に進んで欲しいのです。

 


風をつかまえた少年(字幕版)

 映画『風をつかまえた少年』(The Boy Who Harnessed the Wind)2018年製作イギリス・マラウイ合作のこの映画、

事実に基づいた作品で、干ばつの危機に見舞われている、アフリカのマラウイでの、一人の少年が起こす奇跡のような行動のストーリーです。

平等や公平など通じない過酷な生活の中でも、希望を持ち、実現させていくという少年に、私はとても心動かされた作品です。


遠い夜明け [DVD]

 『遠い夜明け』(Cry Freedom)は、1987年に製作の映画で、

1970年代のアパルトヘイト下の南アフリカ共和国における活動家スティーヴ・ビコの人生を描いた、実話に基づいた作品で、

私が大好きな俳優のデンゼル・ワシントン( Denzel Washington)がビコを演じています。

映画の中でのビコの言葉が、心に染みてくる素晴らしい作品です。

 

機会があれば、是非ご覧になって下さい。

 

 

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童話「心を売った、三郎太」

童話を書いてみました。もし、お子様がいらしたら、読んであげてくださいね。

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昔々、ある山の麓(ふもと)の村に、三郎太という若者がおりました。

三郎太は、女房のお清(きよ)と二人仲良く暮らしておりました。

毎日、畑を耕(たがや)したり木を伐(き)ったりと、それは、それは大変な働き者でした。

それにとても心の優しい持ち主で、

おーい三郎太、斧(おの)が錆(さび)ちまって。お前の貸してくれんかのう!

よお、三郎太よ、女房が寝込んじまって、代わりに畑手伝ってくれんかのう!

そんな村人たちの頼みにも三郎太はいつも嫌な顔一つせず、手助けをしていました。

誰かが困ると、わずかばかりのお金もあげてしまうものですから、いつまでたっても貧しいままでした。

けれども優しいお清や、村人達のお陰でとても幸せに暮らしておりました。

 

そんなある日のこと、三郎太が山の仕事を終えて家に戻ってくると、お清が苦しそうに横になっておりました。

どうした?

お清は胸を押さえながら

ここんところが、痛とうて痛とうて」そう言って荒い息をしているのです。

三郎太は慌(あわ)てて家の中に連れて行き

隣村(となりむら)にいってお医者様をすぐ呼んでくるからのぅ

そう言うと背負っていた薪(まき)を放り出し、飛び出して行きました。

 

しばらくすると三郎太が医者を背負いながら走って帰ってきました。

お医者様、具合は、具合はどうです?」とにかく心配でなりません。

すると医者は

心の臓(ぞう)が悪くなっておる。毎日薬を飲まさんと、治らん病(やまい)じゃ

そして家の中をじろじろ見回してから、

ところで言っとくが、わしはただで分けてやるほどお人好しではないからのぅ!お前、金は持っているんじゃろうな、金は!

三郎太は下を向いたまま答えることができませんでした。

 

金ができたら薬を取りに来い」そう言って家をから出て行きました。

三郎太は、慌(あわ)てて後を追い、こう言いました。

必ず、必ず後でお金は払います。どうか薬を分けて下さいませ。お願いします

何度も頭を下げ頼む三郎太をよそ眼に、医者は帰って行きました。

 

三郎太は急いで村人から、ありったけのお金を借りて医者のもとに走って

今はこれだけのお金しかないが、後で必ず渡しますんで

そう言って、もらった少しの薬を手に家に戻った三郎太は、女房のお清に飲ませ、ため息をつきながら悲しい顔をしておりました。

 

ある日、村人の一人がこう言いました。

この前、旅人から聞いた話じゃけんども、なんでも、森の奥に大きなバケモノが住んでおってのう、そいつは、どういうわけか知らんが、心を買い取るっつう話じゃ。

そんで戻ってきたやつは、金を手に持ってたらしいんじゃが、まるで死んだように、生気(せいき)を抜(ぬ)かれてたそうじゃ。ほんとか嘘(うそ)かはわからんがのぅ

 

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その話が終わるやいなや三郎太は、山の中へ急いで走り出しました。

やっと、さっき聞いた目印の大きな木の麓(ふもと)までたどり着いた頃には、辺(あた)りはすっかり暗くなっておりました。

聞こえてくるのはザワザワという風の声だけ。

さすがに三郎太もだんだん恐ろしくなってきました。

 

そんな森の中をしばらく歩くと、ぽっかり月の光に照らされたところに出たのです。

ここだ、ここだ!村人が言っておった場所は

こうつぶやきながら三郎太が辺りを見回していた時、木々が大きく揺れたかと思うと、

何をしにここに来たぁ~

見ると毛むくじゃらの大きな体に恐ろしい顔をしたバケモノが、すぐ前に立っているではありませんか。

 

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オレの、オレの持っている心を買ってくれると聞いてやってきた

三郎太は、震(ふる)えながら言いました。

人間が来るのを、待っておったぞ。俺様は人の心を全て手に入れて人間になりたいのじゃ

そして

ここに来た人間どもは、二度と戻ってこん

さらに

お前もそうだろう?あれあれ、ブルブル震えているようだが……よし!まず、その心を買ってやるわい!

するとどうでしょう、三郎太の口から丸い玉のようなものが出てきたのです。

そして化け物がそれをぐっと飲み込んだのでした。

飲み込んだものは『恐(おそ)れ』という心でした。

なっ、なんだか体が震えてきたぞ」化け物は急にビクビクしながら金貨を放り投げると、森の中へと消えていきました。

 

こうして三郎太は女房に薬を飲ませてあげることができたのですが、心配をさせまいとバケモノの話はしませんでした。

けれども毎日薬を飲まさなければ治らない病なのです。

借りたお金も返し、とうとうお金は底をついてしまいました。

 

そしてある日の夜。三郎太はもう一度心を売るために、化け物のいる森の中へ入っていったのです。

 

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恐れ』の心がない三郎太は暗い森の中や、不気味な風の音も平気です。

おーい!心を売りに来たぞ。出てこい!

しばらくすると

おっ、お前か

ビクビクしているのはバケモノのほうでした。

心を売りに来てやった!買ってくれ!

全部お前に売ってやる!

バケモノは、

よしよし買ってやるわい

震えながらそう言った途端(とたん)、三朗太の口からまた、丸い玉のようなものが出てきました。

 

それは三つの玉でした。

化け物は、まず一つ飲み込むと、

ん~これは?なんだか体が軽くなったようだぞ

それは『喜(よろこ)び』という心でした。

 

続けて二つ目も飲み込みました。

すると

お前には俺様の気持ちなど、少しも分からんじゃろう !俺様は早く、早く人間になってみたい!

大きな体をゆすりながら、そう言いました。

それは『悲(かな)しみ』の心でした。

 

そしてもう一つの玉を飲み込んだとたん

おい!まだ心が残っているだろう?!まだ人間になれないじゃねえか!

山全体を振るわせるような、恐ろしい声でした。

そして

お前が隠(かく)してる心を売らんと、金貨は一枚も出さんぞ!

そう言いながら暴(あば)れ、三郎太の体を逆さに釣り上げたのです。

その三つ目に飲み込んだものは『怒(いか)り』の心でした。

三郎太は逆さになりながら、ぼんやりとバケモノを見つめて、小さな声でこう言いました。

 

この心を取られると、オレは病気の女房のもとに帰れなくなってしまう

約束してくれ!お前が人間になったら、女房のお清に金を届けてくれ!約束を守ってくれるなら最後の心をお前にやる

バケモノは、守る気もさらさらないのに

よーし、望みどおりにしてやる」と。

 

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そのとたん、逆さにされた三郎太の口から、今までにない大きな丸い玉が出てきました。

バケモノは、三郎太を放り投げると、その玉をぐっと飲みこんだのです。

するとどうでしょう、大きな毛むくじゃらのバケモノが、みるみる人間の姿に変わっていくではありませんか。

そして人間になったバケモノは、地面に両手をつき、急にボロボロ泣き出したのです。そしてぐったりしている三郎太に、

お前は、心を全部売ってまでも女房を助けたかったのか

その声はとても小さく優しい声でした。

 

すると人間になったバケモノの口から、飲み込んだ玉が次々出てきました。

しばらくして気が付いた三郎太が、辺りを見回すと、バケモノは何処(どこ)にもいませんでした。

そして沢山の金貨が置いてあったのです。

最後にバケモノが飲み込んだ心は、「」という心だったのです。

 

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三郎太は急いで山を抜け、お清の元に帰り、その金貨と三郎太の看病(かんびょう)で、すっかり元気になりました。

バケモノの話を聞いたお清は、山に向かってそっと手を合わせ、何度も頭を下げました。

今日も二人は仲良く仕事に励(はげ)んでいます。

あれ以来、バケモノのうわさ話をするものは、一人もいませんでした。

そして必ず二人は、毎日バケモノがいた山の方に向かって手を合わせるのでした。   

 

おしまい

 

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