心の道標

様々な自分の疑問に、自分で答えを見つける旅

寂しいと思う気持ちが必要⦅若者達へ⦆

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沢山の人に囲まれていても、一人で部屋にいる時でも、寂しくなる時は誰にでもあります。

その理由は様々あるでしょうし、年齢を問わず人生の中で、何度も味わう気持ちです。

私自身の事ですが、幼い頃、迷子になった時泣いたくらいで、寂しいという記憶は残っていません。

大病や事故で、一人っきりで入院した時も、上京し独り暮らしを始めたりと、色々な事がありましたが、一番寂しかったのは30代後半の頃です。

彼女とも別れ、一人暮らしの為、帰っても勿論明かりもついていないわけで、独りぼっちの様な感覚に、不覚にも涙が出てきた事がありました。

元々音楽をやりたいという夢で始まった青春時代を失いたくなくて、就職せずに、その夢ばかりを追っかけていた私。

現実は厳しく、ただただ時間だけが過ぎていく日常に、ワクワク感がどんどん無くなっていく自分を、放置していたのでした。

振り返ってみると、目標も見えなく、将来の自分像も描けなかった時期でした。

「寂しい」という気持ちはネガティブ、消極的な感情ですが、自分を見つめ直したり、人生という、生まれた意味も含め考える時間なのかもしれません。

本来、人生、生き方も含め、自分で切り開き、対応していかなければいけないはずです。

なぜなら自分の人生であり、他人に委ねる事では無いからですが、どうしても一人だけでは心もとない、自信が無いという気持ちが先行してしまい、誰かの存在に自分の選択の一部を預けてしまうものです。

心のよりどころとして機能している様に思うかもしれませんが、実際には甘えであったり、未熟であったりと、他人を通してでないと自分というモノが何者かがよく解ってない状態なのです。

常に他人という鏡を通して、そこに写る自分を見ているからです。

家族や恋人、同僚や友人との関係が、うまくいっている時はいいのですが、いざその関係が悪くなったり切れてしまうと、放り出されたような気持になり、いかに人に頼っていたか、他人から見ての自分だったかが解るのです。

一人で、乗り越えていく事の辛さを味わうと言ってもいいでしょう。

きっと、そんな時に「寂しい」と思うのが多い事でしょう。

寂しさを味わうのは辛い事ではありますが、自分の無力さや考えの甘さを見直す機会となります。

「寂しい」という気持ちが、その軌道修正や修復という作業のキッカケとなればいいのですが、孤独感の中では、なかなか前向きには考えにくいも事実です。

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人との繋がりは、とても大切です。

ただ寂しさを埋める為のツールではありません。

寂しさから逃れる為に、悪い人間とのつながりや、犯罪、薬、お酒、そして傷のなめ合いをすると、折角の大切な時間とチャンスを、逃してしまう事になります。

 

家族関係が悪かったり、友達がいなかったりと様々な理由が原因で、孤独の中に落ち込んでしまう事もありますし、特に思春期から若者の年代は、精神的に不安定で過去の出来事がトラウマになっている人もいます。

だからと言って、選択肢が無いという事でも、選択権が奪われることもありません。

あなたの人生は、あなた無しには語れないのですから。

安易な逃げ道に逃げ込む事は簡単ですが、それは先延ばしにしているだけで、何度も襲い掛かってきます。

その場しのぎの心地よさや、仲間意識は、本来あなたのでは無い、作り出しているもう一人のあなたが味わっているだけなので、何の解決にも、慰みにもならないという事なのです。

寂しさは、誰にでも起きる普通の感情です。

なぜそのような感情が起きるのかは、一人では生きていけない人間という生物だからです。

もし、寂しさに負けてしまうような生物なら、とっくに絶滅しているはずです。

だからこそ、寂しさの中で見つけていかなければいけない事が大切になってきます。

乗り越えられる力を、みんな持って生まれているのですから。

 

私に場合、この時期に多くの時間を使ったのが、映画を観る事と本を読む時間です。

代り映えしない毎日の中で、異次元の世界に連れて行ってくれる本や映画との出会いは、その後の人生に大きく影響したのです。

特に読んだ本は「吉村昭」さんの作品です。

このブログで紹介していますが、ノンフィクションで、様々な歴史の中に埋もれた人達に焦点を当て、彼の綿密な取材と構成力の裏打ちによって、生み出された作品の数々を読むにつれ、歴史上で有名な人物の裏で、人知れず生きていた人々の存在が、自分のちっぽけさを実感させられ、自分の悩みなど大したことでは無いと思うようになっていったのです。

歴史に全く興味が無く、成績も悪かった学生時代を過ごした私にとって、歴史の大切さや、面白さを教えてくれた、まるで授業を、それも面白く楽しく受けた時間でした。

今の私を作ってくれたと言っても過言ではないくらいの本との出会いでした。

どんなジャンルでも本を読む事を強くお勧めします。

最初は、詩やエッセイから始めてもいいかもしれません。

だんだん慣れてくるもので、まず始める事です。

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そして映画との時間ですが、当時はDVDではなくVTRで、買うとなると高くて手が出せない為、主に洋画を中心に、レンタルショップにせっせと通い、VTR再生機を3台も壊すくらい、次から次へと見まくりました。

見ていた作品を挙げるとキリがないので省略しますが、偏見を持たないよう、あらゆるジャンルの映画を観るようにしていました。

映画を観ている時間は、全てを忘れさせてくれる時間であり、泣いたり笑ったりと、感情が大きく揺さぶられる事で、沈みがちの心を活性化してくれていたように思います。

この頃の映画はCGや画像処理技術が出だした時期で、SF作品も驚きの連続だったと記憶していますし、こんなにも色々な人々がいて、様々な考え方や文化が世界にはある事を、今、振り返ると学んでいたように思います。

素晴らしい作品が山のようにありますので、どんどん観て感情を揺さぶって下さい。

 

欠かせないのが、やはり音楽です。

自身でやっていた事もありますが、本や映画からの刺激を受け、自身の作品作りにも良い意味で、大きく影響を受けました。

クラッシックやオペラ系に全く興味が無かったのですが、映画の中で流れるその様な音楽を聴き、ほんの少しですが、興味が出てきました。

特に夜、寝る前に聞くと様々な絵が、頭の中に浮かび上がるようで、人間が奏でる揺らぎの良さは格別の睡眠導入剤でした。

出来るなら、日本の音楽だけでなく、この機会に洋楽も聞いてみて下さい。

その他にも絵画や演劇に挑戦するのも、気持ちが変わって、新たな自分を見つけられるかも知れません。

 

もし、私の人生の中で「寂しい」という時間が無ければ、素晴らしい作品との出会いも無かったかもしれませんし、人との繋がりや人生について、深く考える事も無かったでしょう。

寂しさは、悪い事ばかりでは無いのです。

「孤独」と「独り」の違いを学ぶ、絶好のチャンスだと思います。

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「寂しさ」は、時に周りから見て「大したことじゃない」と思っても、

本人にとっては、最悪「死」を考えてしまう事もある深刻な問題であるのも確かです。

周りが安易に考えて、たとえ良かれと思ってアドバイスをしても、本人にはなかなか届かないし、逆に解ってくれないという感情が増幅されるかもしれません。

だからと言って苦しんでいる「孤独感」から救い出す事をあきらめる事は出来ません。

若年層や20~30代と40~50代、高齢者と「寂しさ」の度合いが違ってきます。

それぞれの年代で対処の仕方、抜け出す方法も変わってくるでしょう。

確かなのは、人との繋がりが機能していない事にあります。

 

まず本人がどのような心持で、「寂しさ」から抜け出せるかです。

寂しい気持ちは大切な気持ちであり、大切な時間を過ごしている事の自覚が必要です。

それは、どんな行動をするか?が鍵になります。

そのままにするのか?はたまた負の方向にいく事の大きなリスクを考え、留まるのか?

どちらにしても自分との対峙であり、戦いでもあります。

今の世の中は、芸術や音楽、映画、色々なレッスンなど、自宅にいても経験する事が出来る時代です。

ロクでもない人と出会い、傷のなめ合いをする事に時間を使わないよう、色々な可能性を探ってみる事です。

ですから人との繋がりばかりが、解決法ではないという事です。

人との繋がりばかりに目を向けすぎると、自分と向き合う時間や「一人」では無い「独り」という人間に必要な自立の機会も失ってしまいかねないのです。

人は、他の生物には無い「想像力」という素晴らしい能力が備わっています。

幼児期に、見えない相手や人形などと会話しているのを見た事があると思いますが、自分とそれ以外のモノを区別できるようになって、初めて出来る事です。

想像力が、人形やオモチャに命を吹き込み、会話しているのです。

それは、どの年代でも出来る事であり、「想像力」が「寂しさ」や「孤独感」からの抜け出すキッカケとなります。

想像力を膨らませるよう、搔き立てられるよう、自分に対して刺激を与える事が「寂しさ」を前向きにとらえられるようになります。

すなわち、寂しいという気持ちをキッカケとして、何か他の物事に注意を向けてみる事が大切なのです。

人とのつながりも勿論大切ですが、年齢が若い時ならなおの事、直接的な繋がりだけでなく、「想像力」による繋がりで立ち直る事が出来るはずです。

 

寂しさは「孤独感」を伴う事が多いのですが、寂しさと孤独を混同してはいけません。

前述のように、何か他の事で切り抜けられれば一番良いのですが、寂しさの中で、趣味や新たな挑戦、経験をする事はなかなか難しい事でもあります。

やはり人との繋がりに期待するのも、仕方が無い事です。

誰かと繋がりたい、繋がっていたいと思う気持ちはとても大切ですし、人間として当然の感情ですが、寂しさを癒す為、紛らわす為だとしたら、「寂しい」という気持ちに向き合う事は出来ていません。

人との繋がりで気を付けなければいけない事は、負の感情を互いに持ち寄る事では、感情や言葉の数が互いにマイナス同士の掛け算となってしまい、より深みにはまってしまいます。

(負の数)×(負の数)=マイナスのスパイラルという事です。

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犯罪や、生活の乱れ、傷のなめ合いを良しとする人達との付き合いは、出来る限り避けなくてはいけません。

先入観無しに話を聞いてくれる、側にいてくれるだけでいい人は、「0」無の心持なので、あなたが出す負の態度や言葉の数々を掛けても(負の数)×0=0になります。

すなわち、あなたを出発点まで引き戻してくれるでしょう。

あなたがそれに気付き、少しでも前へ進むと、すなわち、あなたがマイナス「負」からプラス「正(生)」への思考になれば、相手は語りかけたりアドバイスや相談に応えてくれるようになったりと、正×正=希望の数∞という図式へと変化していくのです。

ですから寂しさから孤独が生まれるわけでは無いのです。

それは思い込みにすぎません。

ほんの少しでも、自ら勇気を出して前を向く事です。手をあげる事です。

寂しさは、他人に対する思いやりや、ありがたみ、謙虚さを生み出してくれる大切な感情なのです。

若く感受性が豊かな時、感受性の元々高い人ほど寂しさの辛さを沢山経験するでしょうし、それがより豊かな心の形成に役に立ちます。

乗り越えた時、前へと進んで行く原動力も、経験値が多ければ多いほど大きくなっていくのです。

 

ただ歳がいけばいくほど、乗り越える力は弱くなってしまいます。

「0」無の人との出会いが極端に少なくなってしまうのと、経験やその他様々な過去のこだわりが、邪魔をしてしまうからです。

立ち直る力も、歳と共に弱くなっていきます。

人との繋がりも希薄になる為、掛け算し合う相手がいなくなり、孤独の穴から抜け出しにくい状態になるのです。

だから若い今のあなたが、「寂しい」と思う感情を大切にして下さい

あなたの中で湧き出る感情は、あなただけのモノです。

若さゆえの「寂しさ」という感情は、その時代にしか味わえないものだからです。

味わうことなく、誰かに委ねる様な短絡的な選択をしないで下さい。

 

寂しさを味わう事になるのは、色々な原因があるでしょうが、犯人探しをしても時間の無駄です。

それは、自分も含め誰かのせいにする事は、簡単ですが、あえて「寂しい」という気持ちを思う存分味わって欲しいのです。

なぜなら寂しさは、優しさに繋がっていく大切な感情ですから

 


冬の鷹 (新潮文庫)

誰でも歴史で習う杉田玄白で有名な「解体新書」を訳しながら、歴史に埋もれた、流行医「前野良沢」孤高の生涯を貫いた人生を描いている、素晴らしいノンフィクション作家「吉村昭」の作品。学ぶ事が多くあり、一気に読めますよ。

 


A Thousand Years

『A Thousand Years』は、クリスティーナ・ペリー(Christina Perri)が唄う、ヴァンパイアと人間の禁断の恋を描いた映画『トワイライト』シリーズのサウンドトラック収録曲で、愛の唄です。

映画は私の妻もハマった作品で、私自信はこの曲に。寂しい時に聞くと、寂しさがより感じられる曲です。

 

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