心の道標

様々な自分の疑問に、自分で答えを見つける旅

死と向き合う事

何も聞こえない。

何も話せない。

聞いておきたい事も、言っておきたい事も。

だから、今ならまだ間に合う。

 

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私が小学生の頃、

電車で2時間ほど離れた母方の祖母の家に、夏休みや冬休み行くのがとても楽しみで、休みの間ずーっと祖父の家にいて過ごしていました。

優しい祖父や祖母と、当時叔父が二人同居していて、とても可愛がってもらいました。

多分30代だった叔父達。

ふすま屋の商売をやっていたので、年上の叔父が跡継ぎとしていつも家にいた為、

私が行くと、オモチャを買ってくれたり、運転席の叔父の膝の上に乗り運転したり、

近くの酒屋さんにお酒を買いに行かされ、落ちている酒瓶の蓋を集めたり、

家の前の側溝のドジョウを採ったりと、

あっという間に毎日が過ぎていく私にとっては、楽園そのものだったのです。

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そんなある日、祖母から私の住んでいた家に電話がありました。

上の叔父の死を知らせる電話でした。

膵臓を悪くして、あっという間に亡くなってしまったのです。

当時叔父は結婚して1年もたっていませんでした。

葬儀は祖母の自宅で行われ、生まれて初めて死んだ人間の顔を間近で見たのです。

私は死をよく理解していなくて、叔父の死を受け止められませんでした。

ただ、裸にされ、白い着物を着せられ、綿を鼻や耳に詰めたりする作業をぼーっと見ていました。

火葬が終わり祖父の家に戻り、誰かからは忘れましたが、死んだ叔父の手紙を私に見せてくれました。

いつ書いたのかは判りませんが、内容は私の事で、とても可愛いく、良い子だというような内容だったと記憶していますが、

それを読んだ途端に叔父さんがもうこの世にいないという、私にとって残酷な現実が、急に襲いかかってきて、物心ついて以来、初めて大声で泣いたのです。

それ以来、叔父の魂がお化けでもいいから現れてくれるのを待つようになりました。

もう一度逢いたかったのです。

 

現代、日本においては自宅での葬儀はほとんど行われなくなりました。

死を身近なものとして感じる機会がほとんどありません。

病院で亡くなり葬儀へと、残されたものにとっては、手続きばかりで、向き合う機会を逸(いっ)してしまうのが現状です。

残念なことは、家族にとって一番必要な故人との時間が、薄れてしまっている事です。

 

人は生きていく中で入学式や卒業式など、節目節目に様々な儀式を経てきます。

ただ葬儀だけは、見送る人達だけの、本人不在の儀式です。

だからこそ、儀式ありきではなく、見送る人達の想いの節目や納得を得る為の時間であるべきなのです。

人それぞれの、死生観があり、何が正しいか悪いかはありません。

 

一人ひとり、自分に問う難しい作業で、納得できる方法はなかなか見つからないでしょう。

ただ、忘れてはならないのは、儀式はあくまでも儀式で主体ではないということです。そしてあなたの見送り方が全てであり、

何処(どこ)ででも何時(いつ)でも、儀式は出来るのです。

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私の妻の国フィリピンでは、病気をしても一般庶民は、病院で亡くなる事はありません。

理由はお金が無く高い治療費を払えないからです。

そして、病院で診てもらうために、まずお金の有無を聞かれるのです。

 

妻の弟の妻が、髄膜炎で3人の子供を残し死んでしまいました。

病院に行くことなく、祈祷師の所へ連れて行き、手遅れとなってしまったのです。

まだ20代の若さでした。

当時、日本にいた私達に連絡が早く来れば、何とか助けられたかもしれません。

彼女の無念を思うと、言い切れない虚しさが今も残っています。

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その後約1年後、今度は義父が突然亡くなりました。

喘息による呼吸器不全でした。

発作が起き、急いで病院へ知人の車で向かう途中でした。

日本のように、救急車がすぐには来ません。

もし来たとしても緊急自動車であろうと道を譲る事は無く、

渋滞に巻き込まれる国です。

葬儀はまず棺桶を買う事から始まります。当時日本円で20万円近くかかりました。

お金が無い人は買えません。

買えない人は、地域の責任者が行動する迄、そのまま放置されたままです。

また日本のように火葬ではないので、埋める土地を買わなくてはなりません。

土地が無い人の為に、コンクリートで作られた棺桶用の引き出し形式の野ざらしの建物に納められます。

勿論お金がかかります。

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もしお金が出来、幸運にも土地が見つかると、そこに埋め直すのです。

義父もまだ、その建物の引き出しの穴の中で眠っています。

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 この国ではお金が全てなのです。

ただ昔の日本のように、人々の繋がりが深く、楽天的で、

助け合いながら生きているのが、唯一の救いなのです。

 

それから1年後、今度は妻の姉の夫が、子供を残し亡くなりました。

普段から酒を毎日のように飲んでいて、黄疸も見られていたのですが、彼もまた入院治療することなく、肝臓を傷めての早すぎる死でした。

酒の飲みすぎは、彼の責任ですが、フィリピンという国は仕事がなかなかありません。あったとしても一時しのぎの仕事ばかりで、家族を養うのは大変なのです。

彼は、義姉と共に妻の母親、義母と同居していて、もしかしたら居場所が無かったかもしれません。

日本のように貯蓄する考え方も無く、そもそも貯蓄するお金が無いのです。

ですから女性たちは世界中に、家政婦として、ダンサーとして、出稼ぎをして、家族を支え、国を支えているのです。

 

妻は、たまに父親の夢を見る事があって、時には涙ぐんで私に話してくれます。

「お父さんが夢に出てきてくれた!」と。

故郷から遠く離れた日本で、一生懸命に母国の家族を今でも支えてる彼女の事を、とても愛おしく思います。

彼女は、カソリック系のクリスチャンですが、もう何年も教会には行っていません。

きっと彼女の教会は、「心の中にある」と思うようになったからでしょう。

事情があり、私は義父とは、残念ながら生前に会うことは出来ませんでしたが、

家の居間に写真があり、凛々しい視線で私達を、見守ってくれています。

 

私もまた、彼女と同じように、

見送った愛する人達に、心という祈りの場所で、

生きている事の幸せを伝えています。

 

伝えておきたい事は、今すぐ愛する人に伝えて下さい。

「言わなくても解る」というのは、

その愛する人が、この世から去ってしまってからの事です。

言葉をかけられる人が今、生きている事に、感謝。

 

新型コロナCOVID-19は、フィリピンも例外ではなく、ひどい状況です。

失業者も増え、病院すら行けない人達も大勢います。

何より、子供達が心配です。

関心を持って頂けると、幸いです。

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ジャーナリスト・ノンフィクション作家立花 隆(たちばな たかし)さんの訃報がありました。

80歳で4月にお亡くなりになられたというラジオからのニュースで、大変驚きました。

有名な「田中角栄研究~その金脈と人脈」をはじめ、様々なジャンルで、綿密な取材をする気骨のある方で、私も「宇宙からの帰還」など読ませて頂き、引き込まれた思い出があります。

改めて、立花さんのまだ読んでいない本を読もうと思いました。

立花さんの生前の死生観から、樹木葬という形になったとの事です。

今のこの日本に必要な、立花さんのようなジャーナリストの死は、とても、とても残念です。

今頃、天国で政治に対する痛烈な言葉を、知の巨人にふさわしく書いていらっしゃると思います。

心よりご冥福をお祈り致します。

 

 

 

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