心の道標

様々な自分の疑問に、自分で答えを見つける旅

死ぬまでの時間に

「何の為に歳をとっているのか?」

日々、流れるニュースの中で、私がよくつぶやく言葉です。

自分自身にも、つぶやいています。

良くも悪くも、様々な経験をしてきた中で、

それを悪い方向へと使ってしまう浅はかな行動。

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自然界では、生存が全てであり、それを超える愚かな行動はしません。

命取りになるからです。

必要以上に殺生はしませんし、役割を心得て謙虚に生きています。

短命であろうが、食し食される身である事も、淡々と受けいれています。

 

残念ながら人間は、「欲」をコントロールできない人がいつの世にも現れます。

「欲」は向上にも繋がる意味では、悪い事ではありませんが、支配的要素を多く含んでいます。

すなわち、考え方を誤れば欲求を満たす動機となり、最悪、手段を選ばないという結果を生み出します。

「何の為に歳をとっているのか?」という疑問は、

なぜそんなことがその歳にもなっても理解できないのか?

やってしまうのか?

という素朴な疑問です。

 

そのほとんどが、

自分が主役で、しかも監督を兼ねている、三流以下の作品に酔いしれている人達です。

そして、少なからず、その作品に共感する人達がいるという事です。

彼らは何処で、いつ上映するか解らないという厄介なプロモーションを行い、

更に作品のわき役を採用していくのです。

舞い上がった人達は、自分の居場所を与えられたと錯覚し、演技し続けるのです。

遠くから見ると、まるで滑稽なのですが、自己完結してくれない事が非常に厄介なのです。

 

「何の為に歳をとっているのか?」

人間は脳という能力を使い、寿命を延ばしてきました。

考えてみると、「人工物」と「自然」は、対義語のように使われますが、人間は今のところ、機械では無いので、「自然」という位置づけです。

その人間が作るものは、見方を変えれば自然物とも言えます。

里山しかり、堤防も畑も。同じようにビルも橋も自然物と捉える事も出来るわけです。

自ら延命する様々なモノを作り出してきた人間。

長く生きる、生き延びる事は、自然の中で起きている事で、

何か意味があるとしか思えません。

 

通常の人間以外の生物は、遺伝子の受け渡し後、もしくは生殖能力が無くなった時点以降、寿命は短いものです。

一方人間は、戦争や飢餓、病気といった身近に身の危険がある場合、子供の数、出生率は上がります。

子孫を残す為です。

しかし、生きていく上での環境が整い、保証される社会になると先程とは逆に少子化に向かい、長生きになります。

人間だけが、子育てに長い時間をかけ、その後も長く、それも徐々に時間を延ばしてきています。

人間にとっての最大の武器は「脳」です。

子育て後、人工的手段を活かし、長い時間を与えられた私達は、そこに意味があるのです。

なぜなら「自然物」であるからです。

 

いくら素晴らしい脳を手に入れたとしても、それを使いこなす事が出来なければ意味がありません。

脳を活かす為には、子孫に生きていく上で、人間という大きな枠での集団生活を営む為の基礎と知識を与える時間が必要です。

ですから、子育てに時間を費やし、その後も継いでいくモノへの忠告者として、道標としての役割がある為、寿命が長いのです。

そして、その寿命が延びているのです。

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先人達の優れた知識や技術、そして経験、これらが後世に伝わってきたからこそ、生物としての人間がここまで生き延び、繁栄できたのです。

インターネットや図書館で調べれば判るのが知識ですが、

それはやる気があれば、誰にでも身につけることができます。

知識は力となりますが、知恵を伴わないとただの飾りものにすぎません。

一方の知恵は、試行錯誤し反芻し、失敗した中から産み出てくるもので、

熟練した技、現実をいかにどう乗り切っていくのか、など本などでは伝わらないこともたくさんあります。

まさに経験と勇気、挫折と夢の賜物なのです

 

長い時間がより人に与えられているのは、人生経験が未熟なモノに対して、自分たちが経験し、得てきた知識、反省や失敗やあやまちを繰り返さない為の助言を与える時間なのです。

大家族で生活をしている人達が少なくなり、核家族化がすすむ現在、年上の人との触れあいが、希薄になっています。

そんな時代だからこそ、人生経験を積んできた人達が、残された時間をどのように使うかに、かかっているとも言えます。

それは単に家族間でのやりとりだけではなく、社会を通して、自分自身の生き方を通して伝えていかなければいけない義務です。

無関心や無視が、無知を生み育てることを忘れてはならないのです。

 

そして、気を付けなければいけないことが、「謙虚」という言葉です。

新しい考え方が溢れ出す若い世代に、自分達の経験が押し付けにならない事。

全て自分のやって来た事が正しいとは限らないという事。

新しい事に目を向ける好奇心をいつまでも忘れない事。

聞く耳を持つ事。

そして権力から遠ざかる事。

「謙虚さ」を忘れない事です。

 

残された時間の意味は、それだけではありません。

「生きる事の意味」でも書きましたが、自分の人生をより楽しむ時間、

すなわち私達はこの世に遊びに来ているのです。

帰らなくてはならないのです。

日が昇り、沈み、風が吹き、雨が降るのを楽しむ為、その為の自然物、人間としての意味があるからです。

生きる事の問いかけを、答えが出なくても、

次の世代への宿題として問い続けるのです

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「何の為に歳をとっているのか?」は

「何をやっているんだ」という、情けなさの問いかけにするべきではありません。

それは自分自身への問いかけであり、後押しの言葉にする問いなのです。

 

歳を重ねた人を軽んじる風潮がありますが、非常に大きな人間的、社会的に損失となるのです。

単に知識や経験を得る機会を失うだけではなく、その人達から学ぶべき無言のメッセージ、すなわち「人生とは」、「生きる事」というような重みさえも、受け取る機会を逃してしまう事になるからです。

「一人の老人の死は、一つの図書館を失うのと同じだ」というアフリカのことわざがあります。

敬う事、つまり謙虚になる事、それ無くしては次の世代に明るい未来は無いと言えるでしょう。

 

生命短きものには感謝を。

生命長きものには尊敬を。

生命短きものから刹那を。

生命長きものから尊厳を。

 

 2008年のアメリカ映画で監督、プロデューサー、主演のクリント・イーストウッド(Clinton Eastwood Jr.)の作品『グラン・トリノ(Gran Torino)』

老人と少年の交流を描いた、悲しくも心温まる作品です。

年配の方に特にお勧めの映画です。

 

 

2007年のアメリカ映画『最高の人生の見つけ方(The Bucket List)』は、

ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson )」と「モーガン・フリーマン(Morgan Porterfield Freeman, Jr.)の名優二人による、ハートフルな物語で、余命を告げられて、死ぬ前にやり残したことの実現の旅に出る話です。

映画の中に出てくる言葉も素晴らしいので、お勧めの映画です。

 

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