いらない物が溢れている家の整理をしようと、押し入れを、ごそごそしていると、古いカメラが出てきました。
フィルム式カメラです。
最近、暖かみがあり、写し現像するまで、写真の出来が解らない楽しみもあって、ちょっとしたブーム。
私も懐かしさもあって再開しようと思い、フィルムを買いに行く事にしましたが、さて、何処に売っているかと考え、「家電量販店に使い捨てカメラが置いてあったなぁ」と、早速近くの店へ。
レジにいた、20代くらいの女性店員に「カメラのフィルム、ありますか?」と聞くと、「フィルムって何ですか?」と、不思議そうに聞き返され、説明してもラチが明かず、若い男性店員も「えっ?えっ、?」
「何だ~ブームでも知らないのか~」とぶつぶつ言いながら、結局、スマートフォンで探して、小さな写真屋さんで買う事が出来ました。
さっそく家に帰り、フィルムをセット。遠い記憶が戻ってきたようで、ちょとした幸せな時間でした。
昭和の時代に育った私の周りには、次々と新しい家電が生み出された時期です。
炊飯器や冷蔵庫、扇風機やテレビと、生活に密着した、時間短縮させる家電を持つ事が、当時の人達の夢でもありました。
私の記憶で一番残っているのは、一層式で、ローラーで挟んで絞る構造の洗濯機です。
今のように、遠心力で脱水するのではなく、二つローラーに挟んで絞る為、ハンドルが付いていて、幼い私も、グルグル回した記憶があります。
この頃の家電は、ことごとくカバーがついて、いや付けていました。
テレビも、電話機も、洗濯機やステレオもみんなカバーがかけられ、大切に扱っていました。
プラスティックよりも鉄で作られていた家電は、重く、でも丈夫でした。
家電と言っても、シンプルそのもので、壊れても意外と素人でもある程度直す事が出来ました。
父はよくテレビやステレオの真空管(今は半導体素子になり、ほとんど交換の必要はありません)の交換をしていました。
自転車も、ワイヤーなど使っていないので、ロッド(金属の細長い棒)の組み合わせで、ブレーキをかける仕組みで、ハンドルの傾きにも対応するように、よく考えて作られたモノでした。
外から見えるので直すのも意外と簡単でした。
テレビは、白黒からカラーになり、ブラウン管の前にピンク色だったか?スクリーンのような物を付けたりして観ていました。いまだにその効果が何だったのか解りませんが。
チャンネルは、ガチャガチャ回して切り替えるのですが、その権利は父です。プロレスや野球と、私には興味がない番組を観ていた記憶があります。
チャンネルは、はめ込み式なので、時々取れて無くなります。
その時は、ペンチで本体の芯を挟んで回していました。
洗濯機も二槽式に。脱水機がついてずいぶん楽になりました。
電話はダイアル式の黒電話。
勿論カバーがかけられていました。
誰から掛かって来たか解らないので、言葉に気を使わなければなりません。
おまけに誰かからの電話かは、親に筒抜けで、今のように、長電話はご法度(古い言葉だ~)その代わりに番号は、沢山記憶していました。
ちなみに110番や119番は、ダイヤル式で素早く回せる「1」と、間違いを防ぐ為に、離れた「9」「0」の組み合わせにしたそうですよ。
好きな曲を聞くのも、葉書でリクエストしラジオでかかるまで待ったり、レコードを買いに(当時はLPが3~4,000円もした)行き、手に入れてやっと音が流れます。
買ってきたレコードアルバムに手をやり、盤を取り出す。
クリーナーで表面を磨く。ヘッドフォンをアンプに差し込み、ゆっくりと慎重にレコードの針を落とす。
大きなレコードジャケットを見ながら、時間を過ごす。
曲を飛ばして聞くなんて、考えたこともなかったのです。
今では、考えられないくらい、一つひとつに時間がかかっていました。
私の好きだった音楽を再生する、ひとつとっても、レコードのEPやLP にソノシート、
オープンテープ(回転速度で音質が変わる為、最高の録音方式を2トラ38等と呼んでいました)、
8トラ、カセットやLカセット、
CD(初めて聞いた音質にビックリ!レコードでは聞こえていなかった音が聞こえたので)、
MD、DATテープ、そしてファイル形式と、媒体が目まぐるしく変わっていきました。
古い媒体ほど、その再生の為の周辺機器も含めて、大変高額でした。
今、我が家で使っている家電を見ると、リモコン一つとっても、ボタンだらけです。
他の家電も、一度も使った事の無い機能がついたものばかりです。
DOS時代とWindowsに移る時代から、パソコンを使っている私でさえ、今の家電での、いらない機能や面倒くさい設定に振り回されます。
今、私が通っている病院に新しい受付用の機械が導入されました。
以前は、アナログ式で紙に書き、備え付けのカゴの中に入れ、解らない時は、事務の人に聞くだけでした。
機械はタッチパネル式で、主治医の名前を押し、終了ボタンを押して出てきたレシートの紙2枚をとって終わりという、とても単純な作業なんですが、お年寄りはそれが出来ないのです。
機械からアナウンスが流れても、その事と、目の前にあるタッチパネルのボタンと結びつかないのです。
そして、スマートフォン世代なら解るタッチパネルも、お年寄りにとっては難関になっていて、見ていると、画面を指で押し続けているのです。
勿論機械は反応しません。その度に事務員に聞く羽目になっているのです。
便利に、簡素化をする事を目的に導入された機械は、余計な手間をかけさせるマシンという訳です。
想像力の欠如から作られたこの機械は、誰も幸せにしていません。
便利になる事と使いやすい事とは、違う次元の話です。
何より、障害を持っていらっしゃる方でも、簡単に使えて初めて、機械として成立すると思います。
私は懐古趣味ではありませんし、むしろ新しいモノに興味しんしんの人間です。
今でも最高スペックのパソコンが欲しいと思っている私ですが、物事が短絡になると、失うモノが大きいと、最近つくづく感じます。
昭和の目まぐるしい時代を見て来たものとして、電話一つとっても家にしかほとんどなかった頃から、公衆電話やポケベル、携帯電話と、こちらの事情もお構いなしに機械に振り回されていく事が、はたして良かったのかと思うのです。
例えば、手紙やレコードには、目的を果たすまでの過程の時間が長く、でもそれは、大切な時間でした。
今更、その時代に戻りたいとは思いませんが、何事も余裕が必要であり、目的よりも過程が大切だという事と、結果ばかりを求められる社会が、健全なのか、家の掃除をしながら考えた一日でした。
幸せの時間は、その過程にあるように思います。
幸せって、形が無いもので、「これだよって」見せる事が出来ない、隠れた所にあるもんです。
気付いていないだけかも知れません。
見逃しているだけかも知れません。
あわただしい中では、見落としてしまうほんのちょっとした隙間に隠れています。
社会全体が騒々しくてあわただしく、便利さが窮屈を生み出し、余裕が無い生活リズムが、人間にとって、はたして良い事なのか?
思い出として、残っている幸せだった時間も大切ですが、それは振り返られる自分が、まだ生きている事が条件です。
見つける事を、明日に先延ばしをする理由はそこにはありません。
幸せって感じる時間
実はちょっとだけ
まるで
ダンスしているような感じ
誰かと感じた時間は
モノで感じるより少し長いんです
モノと踊るより
誰かと踊った方が楽しいのとおんなじ
でも
あっという間に時間は過ぎて
なぜって
人間は飽きるのが得意だから
だからいつも探し続けているんだよ
早く踊りたいからって
★1946年アメリカ映画『素晴らしき哉、人生!(It's a Wonderful Life)』
監督はフランク・キャプラ(Frank Russell Capra)
クリスマスイブに起きた、天使が人生の素晴らしさを伝えるお話です。黒澤明監督やスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督達も、称賛している白黒映画ですが、いつ見ても心に響きます。
★1961年公開のアメリカ映画『ポケット一杯の幸福(Pocketful of Miracles)』
『素晴らしき哉、人生!』のフランク・キャプラ(Frank Russell Capra)監督作品。
主演はグレン・フォード、共演にベティ・デイヴィス、ピーター・フォーク。
用心棒役のピーター・フォーク(Peter Michael Falk)はアメリカで製作・放映されたテレビドラマ『刑事コロンボ』の主演でもおなじみの役者で、片目は見えなく義眼でした。
貧しいりんご売りの初老の女性の夢をギャング達が叶えようとする、おかしくも泣ける素敵な作品です。
リメイク版として、1989年『奇蹟/ミラクル(奇蹟、英語題Canton God Father)』ジャッキー・チェン監督・主演のアクション映画も作られ、ジャッキー・チェン(成龍)らしいコメディとアクションを交えて作られており、ジャキー本人もこの作品を気に入っていたという事です。
キャンバス絵画 木製フレーム付 Blue Miracle (2021)ブルーミラクル(2021)インテリアポスター 映画ポスター 新築飾り 贈り物 サイズ(30x45cm)
★2021年アメリカ映画『ブルー・ミラクル(Blue Miracle)』
製作、出演ジミー・ゴンザレス(Jimmy Gonzales)、デニス・クエイド(Dennis William Quaid)、監督フリオ・キンタナ
孤児院を救う為、釣りの大会に参加し賞金を手にしようとする実話を基にした物語です。
大人の嘘や子供達の投げやりな心がちりばめられ、それでも、諦めない生き方を描いています。