心の道標

様々な自分の疑問に、自分で答えを見つける旅

宗教とは?・後編

 

宗教を持つ事の本来の意味を忘れ、知ろうともせず信仰する人がいかに多い事でしょうか。

リーダー、指導者となるお坊さんや神父様達がいつの間にか、高い位置から信者を見るようになり、本来のマスターの「教え」を広める事を忘れ、やがて権力争いになるケースがいつの世にもあります。

そしてその事から起きる様々な悲劇は歴史を見れば明らかです。

そもそもそれは、まるで伝言ゲームのように様々な人々が介する事により、一つしか無いマスターの「教え」は、色々な宗教へと分かれていきました。

分かれざるをえなかったのです。

教え、言葉の解釈の間違い、私的権力、利益維持といった人間的理由です。

宗教に限らず、人が集団を作ると必ずその組織や権力を守ろうとする物が現れ、その集団や自分自身を客観的に冷静に見ることが出来ない状況になり、やがて集団本来の目的、考え方が力を持つ人の意志とすり替わり、その言葉や発言が集団の目的、考え方となります。

習慣化された宗教がひとたび暴走すると、残念ながら悲劇が始まるのです。

では宗教を持つ事の本来の意味とは何でしょう?

 

奇跡を起こす為?

願い事を叶える為?

苦しさ、寂しさから救われる為?

あるいは生きる希望や死を克服する為?

平和の為?

何でしょうか?

 

その宗教を信じ、心を入れ替える人もいるしょう。生きる希望にしている人もいます。無宗教よりも宗教を持つ事の方が良いと思う人もたくさんいるのも事実です。

しかし、少なくとも宗教は民族、権力、政治、お金、教祖、神父やお坊さんの為にあるのでは決してありません。

また正しいか正しくないかの指針でもなければ、心のよりどころでもないし、自分自身の為でもなく、他人の為でもありません。

前述したとおり「謙虚になる」これが宗教を持つ事の本来の意味なのです。

 

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「教え」が宗教と形を変えた時、宗教は自身を中に閉じ込め、越えられない。

「教え」は流動するが宗教は留まる。

生命は流動し、死は留まる。

「教え」とは、あなた自身、そしてこの瞬間全ての事を指す。

誰かの「教え」を反芻する事なく従い、枠にはめた時、宗教は生まれ、人々はそこに留まる。

まるで、ドラマを見るように。

そこには何よりあなたがいない。

生きて、流れているあなた自身が欠けている。

 

宗教は、お金では決して買えない心のよりどころであり、静寂をもたらすものであり、探求であり、弱さを知り、意志の無さを自覚し、新たな自分を見つけ、引き出し、再生させる道標であるのです。

そうあるべきなのです。

 

もう一度書きますが、

私は宗教を否定してはいません。

問題はそのあり方です。

 

世界や身近で起きている争いごとの元になっているのも事実で現実なのです。

何人もの命、子供の命が失われている事実。

それ程の代償が必要なのでしょうか。

 

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心の支えや、よりどころである事も事実です。

信じる事で、良い方向へと導いてきた人達がいる事も。

 

しかし、

いかに自分達が信じている宗教や教祖が正しいか。

それ以外の宗教は、どれほど間違っているか。

ネットを見れば、そのような事が沢山書いてあります。

人々の間でも同じような事が、伝聞として拡散しているのです。

 

だからこそ、

元々の教えは一つだという事を。

マスター達は皆、同じ事を唱えていることを

もう一度、もう一度、謙虚に原点に戻らないといけない事を

 

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