SF小説が好きだった私は、ロバート・アンスン・ハインライン(Robert Anson Heinlein)、アーサー・チャールズ・クラーク(Sir Arthur Charles Clarke)、アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)、広瀬 正などの作品を読みまくっていた。
必ず、地球以外の星に知的生命体が存在し、ファーストコンタクトの日が来ると信じていたし、小説にとどまらず、SF映画も観まくっていて、宇宙と生物の関係など非常に関心があった。
アインシュタインの理論が、様々な研究や観察で立証され、その途方もない世界観と自然の力に魅了され、未だ興味は尽きない。
いわゆる星系のハビタブルゾーン(Circumstellar habitable zone)と呼ばれている生命居住可能領域地、恒星の太陽からの距離や放射線の影響、水や大気の存在など、生命誕生に必要不可欠な絶妙な位置に存在している地球型の衛星が、現在も次々と発見されている。
益々、知的生命体の存在を期待しているのだが、偶然か何かの意志によるものなのか解らないが、なぜこの地球に動植物が存在し、その事に何の意味があるのか、ずっと考えてきた。
そう、考える事が出来る生物の「考える存在」の意味を。
生命に満ち溢れた星。
私達人類は、歴史から教訓を得ず、活かせず、誕生以来殺戮の繰り返し。
ただ、不思議なことに調和と良心を持った人が必ず現れる。
この星で生かされ続けている意味とは?
宇宙から見れば
私達の存在は一瞬にしか過ぎない
この星が消えても
この星が無くても
でも
何か大きな存在が
命の歓喜を待ち望んでいる様に見える
何処かはるか遠い星で宇宙(そら)を見上げ
存在の意味を知る住民がいるに違いない
何か大きな存在が
命の価値を懐かしむ為に
私達の世界は、信じられないほど大きな宇宙の、ほんの一滴。
何の為に生命が生まれ、人間が存在し、探求するのか?
その目的も使命も解らないまま、やがて太陽に飲み込まれてしまうだろう。
46億年前に地球が誕生して以来、天変地異と言われる事は日常茶飯事の出来事で、生命の誕生から現代まで、宇宙から見ればほんの少しの時間しかたっていない。
生命に満ち溢れた星は、命を乗せたまま、太陽を、銀河を今も回り続けている。
宇宙の観念から見た地球は、危なっかしい運命の星。
隕石の衝突もプレートの移動も、いつ起きてもおかしくない状態に変わりは無い。
極(南北)の反転、地軸の傾き、回転速度。
少し変わっても大きな影響を及ぼす。
太陽がほんの少し変動しても、多大な影響を受けてしまう。
生物の営みが、どんなに過酷であろうとも、生き残りをかけ地球の住人としていようとする。
だからこそ、生きている事を謳歌する事が、地球に対する責任と思いやりかもしれない。
人間だけが、特別な存在では無いのは確かだ。
それが証拠に自然に対しては、ほとんど無力だから。
だからこそ、身の丈にあう生き方を選び、多様性を容認しなくてはならない。
この星が、そう願っているからだ。
生きていけなくなるからだ。
誰も乗っていないメリーゴーランドの様に。
アインシュタインの言葉より
『創造的になりなさい。しかし、あなたの創造するものが人類にとって災いではないことを確かめなさい。』
「Be creative, but make sure that what you create is not a curse for mankind.」
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